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「境界の政治」に翻弄されるボートピープル ―豪・インドネシア間海域を中心に―

科研費研究による成果

研究成果

飯笹佐代子

 今日、自由な越境移動を謳歌する人々が増える一方で、非正規の越境者に対しては、多くの先進諸国が排除のための政策をいっそう厳格化している。正規の滞在資格を持たずに入国を試みる人たちは、単に好ましくない移民というのみならず、しばしば国家の主権や安全を脅かす「侵入者」として入国阻止の対象とされる。庇護申請者までがその対象に含まれることも少なくない。そして、国境地帯でこうした非正規の越境者を監視し、あるいは阻止、移送するために軍隊までが動員されるという事態、すなわち国境管理の軍事化が常態化するに至っている。
 同時に注目すべきは、境界の「脱領土化」ともいうべき現象がますます進んでいることである。すなわち、特定の人たちを巧妙に排除するための新たな境界が、一方で物理的な国境線を越えて、時に他国の領土にまで拡張され、他方で国境線の内側に引かれるというように、変幻自在に創出されるようになっていることである。いわば、領土的な主権概念から分離した「機能的境界(functional borders)」(Weber and Pickering)の出現である。
 周知のように1990年代後半以降、インドネシアとオーストラリアを結ぶ海域は、主として中東・アジア地域からの難民が庇護申請を目的に豪州への上陸を試みるための密航ルートとなってきた。かれらの大半は、密航を斡旋する業者の手配により、イスラム系に対して条件の緩やかなビザを発給するマレーシアやインドネシアへ空路で移動した後、インドネシアの海岸から祖末な漁船で豪州に向かう。目的地として豪州本土の北岸のほかに、クリスマス島やアシュモア諸島などの、よりインドネシアに近い豪州領土を目指すことも多い。
 こうしたボートピープルの上陸を阻止し、あるいは上陸後に排除するために、豪政府はさまざまな策を講じてきた。海軍と空軍を動員した海域警備の強化や、難民収容施設の海外移転をはじめ、その実態はまさしく上述した国境管理の軍事化と、脱領土的で変幻自在な境界の創出に特徴づけられている。
 本報告では、ボートピープルをターゲットにした「境界の政治」が具体的にどのように展開されてきたのか、また、そこにおいて、いかなる「主権」の論理が働いているのかについて検討する。それらを通じて、「境界の政治」と「主権」言説をめぐる新たな動向を明らかにしたい。