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東南アジア海民論と二つの比較――地域研究的越境の試みとして

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長津一史

 わたしは近年、東南アジア海民論の試論として二つの論文[長津 2012, 2016]を書いた。そこでは、東南アジアの海民がしばしばクレオール集団を構成してきたことに着目し、そうした民族生成が生じる場の政治過程やその社会空間について考えた。政治過程については周縁性・違法性・自立性を、社会空間については持続的な混淆と在地の共生を、それぞれの特徴として挙げた。本報告では、わたしがそうした海民論を考えるなかで、どのような比較を設定していたのか、また東南アジア海民論のさらなる展開をみすえたとき、どのような比較が地域研究として意味を持ちうるのかを検討してみたい。
 取りあげるのは、わたしが調査を続けてきたバジャウ人である。報告ではまず、バジャウ人の民族生成に焦点をおいた上記の海民論を紹介する。そのうえで、そこでの議論が、第一に地域内比較を手法として展開されたこと、第二に地域間比較を念頭において構想されたことを示す。
 第一の地域内比較とは、フィールドワークに基づく約60の海民集落間、あるいはそれらが位置する海域圏間の比較を指す。この空間軸での比較と変化を手がかりとする時間軸での比較こそが、上記の海民論の基点、つまりバジャウ人をクレオール海民という視点で動態的に理解することを可能にした。また地域内比較では、東南アジア海域世界内の小海域――ここでは大きく西海域(ムラカ海域・ジャワ海域)と東海域(ウォーレシア海域)に分ける――それぞれの海民の位相にみる異同も射程におかれるだろう。
 第二の地域間比較は、東南アジアあるいはアジアの異なる「地域」、具体的にはジャワや東アジアの「陸域世界」との比較を指す。この比較では、1980年代以降の東南アジア海域世界論における陸地中心史観に対する批判をわたしの海民論に接合している。その内容は、アカデミズムにおける地域認識の相違を批判的に提示することを企図している。この容易ならざる比較をここで無謀にも取りあげるのは、それを射程におくことなしに、地域研究における東南アジア海民論の意義を示すことができないからである。
 地域間比較には、もうひとつ別のかたちも想定される。つまり、海民や海域世界を一般概念・類型として措定し、その内容や歴史過程を地域ごとに比較考察するかたちの比較である。それは、海民や海域世界の地域性/通地域性(普遍性)、時代性/通時代性(プロトタイプ性)を明らかにすることになろう。この地域間比較については、東アジア海域世界を対比事例として簡潔に展望を述べる。

【文献】1. 長津一史2012「異種混淆性のジェネオロジー」『民族大国インドネシア』木犀社/2. 長津一史2016「海民の社会空間」『小さな民のアジア学』上智大学出版