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マーケターの仕事は、人に興味を持って対峙し、自分の立ち位置をわきまえてアプローチすることー  マーケター 長瀬次英氏 インタビュー【中編】

長瀬次英氏 LDH JAPAN CDO × 山岡隆志教授 名古屋商科大学商学部


今回は山岡隆志教授より、LDH JAPAN CDO 長瀬次英氏へのインタビューを、本学ビジネススクール(大学院)東京キャンパスにて行いました。
「これまで手掛けた中で最もエキサイトだったプロジェクトは何か」「顧客ニーズの捕まえ方」といった実務経験談はもちろんのこと、「マーケターとして大切なものは何か」「結局、マーケターとはどういう職業なのか」など、マーケターのトップランナー同士だからこその白熱した対談となっています。



山岡隆志教授(以下、山岡と表記):学術分野でも、かつてはマーケティングの研究と言えばプライシングをどうするとか、企業にとってのメリットに繋がりやすいところばかりが研究されてきましたが、近年では、人がもつ感覚や感情をテーマにしたマーケティング研究が盛んになってきています。アカデミックな世界でもようやく、人間の根本を見つめる方向へとシフトし始めた気がしますが、長瀬さんも現場でマーケティングの役割の変化を感じますか?


長瀬次英氏(以下、長瀬と表記):ええ、僕もマーケティングの役割は、やはり本来のあるべき姿に戻り始めている気がします。でも、まだ頭が硬いというか、本質を見ようとしていない部分は数多くありますね。例えば、僕には日本初のCDOというイメージもあって、デジタル部門でも第一人者として見られがちなので、「では、SNSの空間をどうしたら良いですか」とか相談されますが、SNSで流行らせるとかなんて論点は、あまり重要じゃないと思っています。SNSで見たものを買いに行きたくなる!とか、売り場で見たものを面白いと思って、SNSに上げたくなる!ってことの方が大事だと思っています。


山岡:なるほど、それは全然ポイントが違いますから、企業の取り組みも異なってきますね。


長瀬:そうなのです。だから、今お店にきてくれている目の前の人を大事にして、その人に何か物凄い体験をさせれば、お客さんは自然とSNSに写真を上げてくれるわけですよ。で、それを見た別の人がお店に来てくれる。そういう人の気持ちのサイクルとか繋がりでコンテンツを考えないと、人は動きません。これだけモノや情報が溢れている時代においては、益々それは顕著だと思いますね。


山岡:人は大事にされた現場とか、もてなされた経験に動かされるわけで、「ソーシャルメディア」に動かされているわけではないのですよね。


長瀬:おっしゃる通りです。実際、ソーシャルメディアのアルゴリズムって「あのサービスが良かった」「あれは美味しかった」という経験が、似たような人たちに情報が行き渡り、その繋がりの中で同じ体験を広めていくわけですよね。そこが、従来の広告とは大きく異なる点です。友達と一緒の時は「不味い」とは面と向かって言えなかったけど、ソーシャルメディア上では率直な感想が言えてしまうわけです。その辺りの心理も含めてビジネスに取り込んでいかないと、絶対にうまくいかない世の中だと思います。


山岡:デジタルの方が、リアルな世界よりダイレクトに人との繋がりがでてきます。逆説的なのですが、実はデジタルの世界の方が人間味溢れているわけで。


長瀬:本当に、そう思います。アナログを考えている方が、デジタルを活用しやすいのです。でも、そこを履き違えると多分何も進まないと思います。広告の量とか「イイね」の数とかではないのです。お客さんありきで物事が進んでいくことがビジネスの本質であることを間違えてはいけない。2万PVあるよりも、数人が自分と同じ体験をしてくれる方が大事だってことです。その事を企業が気付き始めていると感じます。


山岡:昔は近所の八百屋のおじさんと「今日はこっちの方がオススメだよ」とか「ちょっと傷んできたから安くしておく」みたいなコミュニケーションがあったけれども、スーパーマーケットではそれが排除され、時には「悪いこと」は伏せられてきたわけですよね。それが、デジタルのお陰で透明性が高くなって、人間味あるサービスがお客さんにより届くようになってきた気がします。


長瀬:そうです。マーケターとしては、よりやりたいことができる時代になってきたと思いますね。


山岡:そうすると、マーケティングをやる人、つまりマーケターの仕事とは、どの様なものだとお考えでしょうか。


長瀬:デジタルだろうが、アナログだろうが、家族だろうが、自分の部下だろうが、消費者だろうが、商品だろうが、基本的には目の前に対峙している人やモノに対して自分は何が出来るかを考える仕事じゃないかと思います。そしてマーケターの第一歩は、自分が世の中でどういう立ち位置にいるのかを理解することだと思います。例えば、自分はクラスの中で人気者なのか、貧乏なのか、金持ちなのか。貧乏だとどういう言われ方をしているのか。金持ちなら別のプレッシャーがあるのか。それがわかると、次に僕が進むべき方向性がわかるわけです。そして、進むだけの能力があるのか。能力が無いならそのためにどのくらい成長しなきゃならないのか。それにはどのくらい時間がかかるか。そう言うことが全部わかってくるわけです。自分の立ち位置を理解できれば、そこから戦略が生まれるわけですよ。


山岡:なるほど。長瀬さんの生い立ちの中で育まれた他人や状況に対してセンシティブだという事が、マーケターに要求される一番重要な素養というわけですね。


長瀬:その通りですね。自分の立ち位置がわからないと、ただの“勘違い野郎”になってしまうわけですよ。意図的に“勘違い野郎”を振る舞うのは戦略なのですが、本質的に勘違いをしている人間はマーケターになれないと思います。


山岡:でもマーケターとしてはやっぱり自分の商品に対する思い入れが強いので、冷静に見られない部分もあると思うのですが。


長瀬:確かにそれはありますね。実際、過去の成功事例に固執しちゃうマーケターも少なくないですね。でも、あの女性を口説いた方法で、この女性も口説けるかって話ですよ。あるいは、2人の女性に告白されてどちらにも「イエス」と言ったとしても、前の人の時は見た目が好きだから「イエス」と言ったけれど、今回は性格が好きだから「イエス」と言ったかもしれないわけですよね。物事にはいろいろな要素があって、全く同じなんてことは滅多に起こりえないわけです。この点を疎かにしたのがマス・マーケティングだと思います。30〜35歳の独身女性なんてターゲティングして、「あなたは33歳の独身女性だからこの商品が好きなはずです」なんて言ったとしても、「えっ?一緒にしないでよ」っていう拒否反応があちこちで返ってきますよ。


山岡:なるほど。昔もそういうマス・マーケティングを「良い」としていたかはさておき、仕方なくやってきたという側面はありますよね。でも、これだけ情報が溢れているデジタル時代では、一人一人の好みって結構分かりますからね。


長瀬:そうなのです。ちゃんと人に興味を持って接していれば、個々人の好みがわかってくる時代なのです。だから、人に興味を持たずに過去の成功体験に固執していると、デジタル時代では“勘違い野郎”になってしまうわけですよ。


山岡:でも、デジタル時代では個人情報って結構調べられちゃうので、情報取得の方法次第では、リスクにもなり得ますよね。


長瀬:その通りです。だからこそ、人に興味を持って対峙し、自分の立ち位置をわきまえてアプローチをする。そこから出発して距離を縮めていくことが重要なのです。それを上手く行える人か否かって、センスでしかないと思いますね。そのあたりを上手く使いこなせる人は、やっぱりマーケターに向いていると思います。


山岡:長瀬さんは日本ロレアルで初のCDOというキャリアをお持ちですが、女性が主な顧客である化粧品会社で、男性がマーケターをやるっていうのは、ある意味その辺りに長けていないと務まらないでしょうか。


長瀬:どうでしょうかね。男女差はあまり関係ないと思いますけどね。化粧品会社のマーケターが女性なら、使い方や女性ニーズから商品開発を考えるでしょう。でも逆に男性なら、例えば「彼女のメイクを変えたい」とかそういう男性なりの視点を持って考えると思いますね。その視点が他の男性のニーズを捕まえているとわかれば、男性のナレーションCM作るとか、これまでとは違う新たなコミュニケーション戦略が出てきますよね。そうすると、男性が女性へのプレゼント用に購入し始めるとか。そしたら次は、男性が買いやすくするためにはどういうパッケージにすれば良いかとか、どんどんアイデアが出てきますよね。結局、マーケターが男性か女性かは重要ではなくて、人のことをちゃんと思えるかどうかでマーケターは十分に成り立つものだと思っていますけどね。


山岡:では、長瀬さんのそういうクリエイティビティとか発想力はどこで培われてきたものですか。


長瀬:自分としては愚直に相手が欲しいものを提供しているだけなので、発想力については無自覚なのですよ。確かに、「クリエイティブですね」って評されることが多いのですが、実はクリエイティブというよりも、僕の場合、それを達成するとか提供するための手段を選ばないだけだと思っています。それと、昔から僕は固定概念や先入観が強くないと思います。「こうあるべき」や「これをしなくちゃいけない」よりも、その場やその人を見て、「何が嬉しくて、何が楽しいのか」を考えます。


山岡:それって、会社や組織にとっても本当に大事な姿勢ですよね。


長瀬:ええ、そう思います。例えば、会社のPLやBSの数字を見て、「課題は何ですか?」と尋ねると、ほとんどの人は、前年比でとか利益の低い部門ばかりに目がいきがちなのですよ。でも、実はそこは本当の意味での課題じゃないかもしれない。弱みって、自然発生的な体質というか、ある種の“性癖”みたいなもので、治せない場合も多いのではないでしょうか。儲かっていないところから「次の予算出しなさい」と言っても、出せないものは出せないでしょ?


山岡:なるほど。弱みを治そうとしたら、むしろもっと破綻しちゃうかもしれないですよね。


長瀬:そうなのです。だから、強みを見つける方が重要だと思います。人って、強みを褒められたり、伸ばしたりするのは好きなので、そこにNOを言う人は居ないんじゃないかな。強いところを伸ばして、そこで得たお金で弱いところを補填していこうという考えは、誰も悪いとは言わないはずですよね。強みを見つけることを“クリエイティビティ”って呼んでいる人が意外と多いのには驚きますけど。


山岡:強みを見つけられる人、本当にまだまだ少ないですよね。


長瀬:なぜ強みを見ようとしないのか、不思議ですよね。「強み」を見つけると、そこにはまだまだポテンシャルが潜んでいたりもするのです。例えば、今日の山岡先生の授業の中で取り上げたサンリオ社のケースでも、テーマパークが調子良いという強みを見つけ、「そこに潜んでいるポテンシャルは何か?」と考えたら面白いと思います。そういう視点でピューロランドの数字を見ると、年間来場者数は数百万人なので、人口1億2千万人いる日本ではまだまだ客数伸ばせるキャパがあるとわかってきます。海外でバンバンCMして、インバウンド客狙うみたいな大規模戦略立てなくても、まだまだ身近なところにビジネスチャンスはあるのですよ。


山岡:面白いですね。“クリエイティビティ”とは、突拍子もないところや「ゼロ」から発想するものではなく、強みを理解して、その人が何をしてもらったら嬉しいのかという視点に立脚して、とことん考える。この姿勢が外からみると、“クリエイティビティ”に見えるわけですね。


長瀬:その通りだと思います。


長瀬次英


LDH JAPAN 執行役員・CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)。
インスタグラム日本事業責任者、日本ロレアルのCDOを経て、現在は株式会社LDH JAPANにてチーフ・デジタル・オフィサー兼執行役員を担い、組織全体と事業全体 (音楽、ライブ/ステージ、映画/動画、アパレル/ファッション、飲食、GYM/スポーツ運営、教育/学校など) LDHが抱えるビジネス全体のデジタルアクセレレーションを推進している。史上初2年連続アド・テック東京(2017&18)で#1スピーカーを受賞、2018年1月に「Japan CDO of The Year 2017」を受賞。Forbes・Japan(2017年12月号)にて「カリスマCxO」の一人として特集される。

マーケター 長瀬次英氏のインタビュー記事は【後編】へと続きます